専任講師&学長の略歴
笠木 透 (かさぎ とおる)
1937年、岐阜県に生まれる。岐阜大学を卒業後、教員・出版社員を経てフリーに。中津川フォークジャンボリーを企画・制作。「自分たちに必要な文化は自分たちで創る」というフィールドフォーク運動を提唱、共鳴した人たちの創造活動が全国にひろがる。
創作した作品は『私の子どもたちへ』『わが大地のうた』など1000曲に及ぶ。
2005年「憲法フォークジャンボリー」を提唱、全国展開。
木村 快 (きむら かい)
1936年、旧朝鮮大邱府で生まれる。1945年、敗戦により日本に引き上げ。広島で中学校卒業後、建設業、印刷関係の仕事を渡り歩き成人。
1958年NHKの《青年の主張》で最優秀賞となるが、それまで見向きもされなかった人たちに、持ち上げられたりして嫌気がさす。その後《新制作座》入団。1965年《統一劇場》
創立と同時に代表。2002年《 NPO現代座》に改組。この間一貫して現代の庶民を描く芝居を書き続け現在にいたる。
安達元彦 (あだち もとひこ)
1940年、大阪生まれ。国立音楽大学中退。1960年代は主として個人的作曲活動。『コンチェルタント』(69年NHK委嘱)他の作品で認められる。折からのアメリカによるベトナムの北爆にあたって反対の声明が出せなかった音楽の世界に失望。
素人による集団創作の助っ人的役割を主な活動とし、笠木透との共同の歌作り・コンサート活動を展開。近年は「日本語の中にある音感覚に基づいた声の出し方」を探り、互いに創造性を触発しあえる関係作りをめざす活動をしている。
岡田京子 (おかだ きょうこ)
1932年、東京に生まれる。軍医だった父について中国(旧満州)を含む各地を転々として暮らす。原太郎・清瀬保二氏に作曲を師事。アジアの音楽と民族に興味を持ち、アイヌや朝鮮をテーマとする作品を多く発表。
現代座の木村快の仕事に共感。40年間、舞台音楽の仕事で現代座と関わって来た。笠木透のフィールドフォーク運動を知り、安達元彦ともども自分の音楽の方向について大きな変更を迫られ、「めだか大学」や「歌の旅」の活動を開始し、今に至る。